阿武隈 twitter版

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    船首の損傷を応急処置

    9月28日 曇り 北北東の風8メートル(剣埼灯台観測値)

    1030自宅出発。モトラ不調(ヘッドライト、リアライト点灯せず。ウインカー、フォグランプは正常)で東急京急にのって港に向かう。1150三崎口到着。駅前のラーメン屋で昼食。バスで栄町に。道はそれほど混んでいなかった。

    1300上船。疲労していたのか寝不足なのか、着くと同時に昼寝。気が付くと15時で驚いた。 先々週岸壁に激突してバウパルピットが歪んでしまった。左舷ライフラインがユルユルになっている。

    船首付近の損傷状況を確認していたら、バウデッキ先端に張ってある分厚いアルミ製のフォアステーパネル先端が歪んでFRP船体の間にすき間ができていた。ぐあー。バスコークを充填して応急処置。とりあえず防水する。油壺造船所に相談すること。

    針路を東にガクッと変えた台風15号対策のため係船索を増やし、ブームの固定を強化する。バウとフォアスプリングは二重に増やし、ミジップにも係船索を追加してジブリーダとウインチを介してジブシート用のクリートに固定する。



    備蓄していた板チョコを食べようとしたら、ボロボロに崩れてココアになっていた。気温が低い。風も冷たい。船においたままになっていたフリースを着る。1730下船。バス停に着く前にもう暗くなってしまった。

    9月巡航の記録に画像と動画を追加

    9月6日から9月9日に行った伊豆諸島2008年9月巡航の記録
    波浮に入港
    神津島三浦漁港を目指す
    若郷漁港に入る
    帆走でMMFを目指す
    に画像と動画を追加。携帯電話で送稿する場合、添付できる画像が1つに限られるため、そのほかの画像と動画は後送になりました。

    2008年9月の巡航では、X02HTで撮影した画像と入力したテキストを当日のうちに掲載する予定でしたが、実際には、神津島三浦漁港と新島若郷漁港でソフトバンクモバイルが圏外だったために、後日アップロードしています。残念(いま思えば、翌日海上で圏内になったときに送稿すればよかった)。 

    航海記録の作成に使っているX02HT。セルフ撮影のため片手持ちだが、実際の文字入力では両手で持って親指でタイピングする

    QWERTYキーボードを搭載するとはいえ、サイズが小さいX02HTでありますが、帆船「阿武隈」課業記録のテキストは2008年3月からX02HTを使って入力しています。今回の巡航記録も、消灯前の15分間程度で書きました。

    なお、「若郷漁港に入る」のテキストは航海中に入力したテキストをそのままアップしてみました。カタカナは“演出”ではなく、仮名変換モードで入力しているためです。変換の必要がないので、すばやくテキストを入力するのに適しています。

    伊豆諸島巡航の後片付け

    9月14日 日曜 曇りのち晴れ 風弱く

     0830自宅出発。1030MMF到着。巡航の片付けを行う。帰港した日はどうしてもその日のうちに自宅にたどり着かなければならなかったので、甲板の上だけ整理して帰ってしまっていた。しぶきで濡れたままのセールは丸めてコックピットロッカーに放り込んでいた。キャビンはヒールで散乱したままで、特にフォクスルはすごいことになっている。

     どこから手をつけようか。エンジンルームとフォクスルに溜まったビルジの汲み上げから取りかかる。波を被る航海を長時間すると、いつもハッチから漏水してフォクスルにビルジがたまる。今回はドロドロした油のようなものが含まれていた。なんだこりゃ。フォクスルに収納していた使いかけのエンジンオイルがこぼれてしまったか。あわてて確認したがそういうことはなかった。なんだろう。原因はいまだ不明。

     塩に浸ったセイルを水洗いすべく管理棟前の岸壁に「阿武隈」を回す。三連休の中日で釣り人が連なっていたが、宮川湾に係留している漁船の船長が泊める釣り人を動かしてくれた。

     その船長が見ているなか、着岸すべく左舷斜めからやや深い角度で接近していたが、右に切った舵の角度が少なかったのと、後進のタイミングが遅れて、岸壁に「激突」した。その激しさは管理棟の窓から驚いた職員が顔を出し、見ていた船長が「ヘッタクソ」と叫んでしまうほどだった。私は顔を真っ赤にしながら「阿武隈」を後退させて、再度着岸する。

     コックピットロッカーからセールを引き出して前甲板で水洗いをする。洗ったセールは船の前後にラフを伸ばして干す。ついでにデッキも水洗い。おまけに清水タンクに補充。

     20リットルポリタンクのひとつに「コケ」らしき緑色のヌメリがあった。奥まったところで拭えない。とりあえず使用を中止する。購入して6年経つが初めて。設置する場所をフォックスルの窪みから日の当たるキャビンに変えたからか。清水用ポリタンクの設置場所をフォクスルに戻す。

     キャビンに散乱した諸々を整理してまるよしで昼食。その後、機走で三崎港の北条湾を巡る。警告音は鳴らない。北条湾に入ったら後続してきた1隻のセーリングクルーザーがそのままついてきた。係留する場所を探しているのだろうか。原則として北条湾にはプレジャーボートは係留できない。引き返して行き合うときに「奥に入ると座礁するから気を付けて」と声をかけたら「大丈夫」と返すとともに、係留してある漁船に横付けした。三崎港に伝がある船だったようだ。よけいなお世話をしてしまった。

     MMFに寄港後、予想進路を東に向け始めた台風13号対策のため、増しもやいをフォアとミジップにとり、ブームを厳重に固縛して下船。

    帆走でMMFを目指す

    9月9日 火曜 曇りのち晴れ 北東の風 風力6から5(阿武隈独自基準)
    未明に豪雨。1時間ほどでやんだが、風は朝までうなっていた。待っていた風だ。「阿武隈」のエンジンに不安があったので、この風を使って新島と大島、そして大島と三崎の長丁場を一気に帆走で渡るつもりだ。
    0430、起床。きょうは波が打ち付けるだろうから、上下ともカッパを着込む。荒天食のパンと缶スープとお湯を入れたポットをデッキにあげて、0500、出港する。
    港のなかでメインセールをあげる。ワンポイントリーフ。強い北東の風が吹く予報だったが、島に遮られて港口付近は風向が定まらない。しかし、新島北端の根浮崎をかわしたとたん、ドンと風を受けて「阿武隈」が大きく傾いだ。帆走の長い一日が始まった。
    新島から鵜渡根、利島の東岸を越して波浮を目指すレグは、風強く波高く、舞い上がるしぶきで濡れたセールが陽光に輝き、時おり頭から波を被るコンディションだったが、鵜渡根、利島を眺めながら豪快な帆走を楽しむ。晴れていたのが気持ちに幸いした。


    ぬれたセールが陽光で輝く。強風下のシングルハンド(オーパイ故障中)ゆえ、ラフのたるみは許してください


    鵜渡根沖を帆走中
     

    利島沖を帆走中

    風は北東より吹き、クローズホールドで北と東に進む。舳先を東に向けると南に大きく流され、北に向けるとわずかに西に流される。対地速度は北に進むと5ノット前半、東に進むと3ノット後半。
    波浮が近づくにつれて風が弱まってきた。メインセールのリーフを解除するが速度は下がり、「阿武隈」は西に流されていく。1300、ついに機帆走に切り替える。それでも東に向かうと対地速度は3ノット程度しかでない。
    1400、ようやく竜王埼を越えて北上を始める。速度は5ノット。予定では若郷からここまで4時間程度で到達するつもりだったが、すでに9時間が過ぎている。筆島沖に定置網らしきものを確認する。
    1500、風早埼正横。速度は5ノット。顔に当たる風がはっきりと感じられるようになってきた。試しに帆走に切り替えてみると対地速度が6ノット〜7ノットにはね上がった。機帆走より早い。迷わずエンジンを止めた。
    高い波に苦労した午前中の航海と違って、大島から北の海域は波も穏やかで、快適な帆走ですべるように走る。風もだんだん東に振れてきて、右舷開きで針路20度と、MMFを直接狙えるようになった。



    大島-三崎間を帆走中

    この日は視程がよく、三浦半島ばかりか、岩堂山の2つにぱっかりと分かれた特徴のある山容も遠くから視認できた。それからは、岩堂山を直接目指して「阿武隈」を操る。
    MMFまであと8海里というところで日没を迎えた。両色灯の調子が悪く点灯しないのではと不安だったが、無事点いてくれた。海が暗くなったとき、上弦の月が南中の空に輝いていた。バリエーションに富んだきょうの帆走、そして、波浮、神津島多幸湾、若郷と寄港した巡航の締めくくりは、月光のなかの静かな帆走だった。
    石堂山を直接狙って進めたはずなのに西に流されたらしく、最後の最後に逆潮の城ヶ島沖を3ノットでじりじりと進む。2000、サーチライトに照らされたMMFに帰港する。大急ぎでセールを片付けて、2100、下船。
    タクシーで三崎口駅に向かい、駅前のラーメン屋のサンマーメンと餃子とライスで無事の帰港を祝す。



    伊豆諸島9月巡航の締めくくりは月夜の帆走だった。逆潮で戻されて対地速度2ノットから3ノット。最後の最後でじりじりと東に進む

    若郷漁港に入る


    9月8日 月曜 晴れ 北東の風 風力3 のち1 のち4

    0551 エンジンシドウ。ケイホウナシ。
    0600 シュッコウ。
    0630 シンロ60ド。3ノットジャク。ギャクニ ススムト 6ノット。

    出港した三浦漁港を振り返る

    行く手に見える式根島、新島、そして早島

    0650 シンロ45ド カゼ60ドヨリ
    0701 コンパス45ドデ、ジーピーエスノ ヘデング60ド。
    0707 カゼハ ユクテヨリ キタル。ミヤケ サンボンダケ ミユル。
    0720 ハンソウ カイシ。コンパス90ドデ ジーピーエスノ ヘデング120ド。


    神津島東沖を帆走する

    0806 カゼヨワク エンジンシドウ。
    0817 ケイホウ トマラズ。エンジンテイシ。ハンソウ。ワカゴウヲ メザス。
    0830 カゼナク エンジンシドウ。
    0900 カゼヲトラエテ ハンソウ。2ノット。
    0945 シキネ ナンタンニ イタル。5ノット。
    1000 カゼナク ニシニ ナガサレル。エンジンシドウ、ジナイヲ メザス。 5ノット

    1050 シキネ ニイジマ スイドウニ ハイル。シンロ350 5ノット。

    式根島と新島の真ん中に地内島がきた。変針して水道に進入する

    1130 ジナイセイオウ。キタノカゼ アリ。ハンソウ。4ノット シンロ315。
    1140 タック シンロ 60 3ノット。
    1330 ワカゴウニ ニュウコウ。ニュウコウチョクゼン ケイホウトマル。

    コウナイハ 3ネンマエト ヨウソウガ カワッテイテ オドロイタ。ヨルダッタラ ニュウコウ デキナカッタダロウ。

    若郷集落に向かう途中の高台から若郷漁港を撮影する。3年前は手前に見える突堤に係留したが、今回は工事中で立ち入り禁止だった。「阿武隈」はその1つ奥にある突堤の手前側(北側)の一番端に横付けて係留した

    1400 オーニングテンカイ カタヅケ シュウリョウ。
    1500 ビルジノ ジョキョ。ギョコウニ アイサツ。ジャマニ ナラナケレバ トメテヨシ。

    ロテンハ アツクテ メガ マワルガ オーニングノ ヒカゲニ ハイルト カゼガ スズシイ。ホンソンニ イクカ マヨッタガ デッキデ ヒルネ。

    1600 ヤハリ ワカゴウノ シュウラク ダケデモト オモイ ジョウリク。

    ユルヤカナ サカヲ ノボッテ イク。ハブノ サカミチヨリ ラク。30プンデ シュウラクニ ツク。ジンジャニ アスノ コウカイノ ブジヲ イノル。アスガ モットモ キビシイ コウカイニ ナルダロウ。ワカゴウノ スベテガ タカク ソビエル ゼッペキニ ミオロサレテイル。



    若郷小学校跡。小学校は校舎も校庭も高い崖に囲まれていた

    神社のこま犬も崖に見下ろされていた

    ホンソンユキノ サイシュウバスハ 1730デ ホンソンカラ モドッテクル バスハ ナイ。ワカゴウト ホンソンハ マッタク ベツナ シマト カンガエルベキ。

    グウゼン ミツケタ コウエンノ シャワーデ カラダヲ アラエタ。スーパーデ アスノ コウテンショクノ パント カンスープヲ カウ。ユデタ トモロコシモ イッショニ カウ。

    シュウラクカラノ カエリミチ ウミニオチル ユウヒヲミル。パワーボーチガ ニュウコウシテクルノガ ミエル。 


    ユウショクハ レトルトノ タマゴドンニ トウモロコシ。マンゾク。ヤマノ クボミニ ハンゲツガ カカル。シャシンニハ トレナイ。ツキガ シズンデ ミナトハ ヤミニ カクレル。クモモ デテキタ。

    2130 ショウトウ。

    アスハ 0500シュッコウ ヨテイ。ショウトウマエニ コノ キロクヲ カイタガ ドコモイガイ ケンガイデ ソウコウデキズ。

    神津島三浦漁港を目指す

    9月7日 日曜 晴れ 西の風 風力3 のち 1(阿武隈独自基準)

    0430起床。エンジンを動かす。アイドルから正常。警告音はない。もし、ここで警告音がなったら波浮に停滞して、翌日吹くはずの8〜10メートルの風でMMFに帆走するつもりでいた。予定通り、神津島に向かう。

    0530 出港。。アンカーは無事に上がってきた。ギャラリーのいない作業はうまくいく。風はほとんどない。港内でメインセールをあげる。機帆走で針路205度。新島の東岸を進んで早島で転針する予定だ。

    視程はあまりなく、波浮から利島が見えない。0600、パックご飯と鮭缶で朝ごはん。食べ終わったころ、利島の頂上が見えてきた。

    0930 利島正横。この辺りから南西の風が吹いてきた。ジブをあげてみようか。お、なかなかいいかもしれない。エンジンの回転数を落としてみよう。っと、ここで警告音が鳴り響いた。回転数をあげても止まらない。4月の巡航と同じことになった。

    サーモスタットをはずしても警告音がなるということは、シリンダブロック内部の冷却水流路が詰まっているということか。ならば回転数を下げると鳴るのはなぜだ。

    また、神津島をあきらめるのか。針路を240度に変えて若郷を目指す。鵜渡根と新島の水道に入ったら西の風が吹いていた。ぎりぎりクローズホルードでいける。どうせ目の前の若郷に入るのでそろそろと帆走していこう。

    警告音がなりっぱなしのエンジンを止める。速度は2ノットから3ノット程度。ところが少しずつ風が上がってきて4ノットを超えるようになってきた。この時点で1000。残航程は23海里。お、いけるんじゃないのか。4ノットで6時間。日没2時間前に入港できる。3ノットまで落ちたら野伏漁港に入ればいい。一気に気分がよくなってきた。

    帆走で鵜渡根を過ぎるとき、鈍く重いうなりが聞こえてきた。波が打ち付ける音だ。機走では気が付かないかもしれない。



    鵜渡根のすぐ脇を帆走でぬける。遠くから鵜渡根に打ち付ける波の音が、風の音に隠れてかすかに聞こえる


    鵜渡根と新島の水道を抜けたと同時に風がなくなった。まったくなくなった。やはりだめか。若郷に入ろう。ジブを下ろし、エンジンをかけ、もやいを用意する。すべての作業がおわったとき、警告音がやんだ。回転数は低いままだ。

    賢明な判断はこのまま若郷に入ることだ。しかし、私は迷った。これで戻ったら今年の巡航で3回連続になる。とはいえ、無謀ではいけない。自分に都合のいい解釈もしてはならない。排水の量をチェック。排気もチェック。シリンダブロックの温度も(グローブをはめた手で触って)チェック。いつもと同じだ。

    よし、神津島に行こう。針路230度で地内島をかわし、針路180度で祇苗島を目指す。新島西岸で6ノットを超える。ためしに北へ進むと3ノット。南へ向かう潮が「阿武隈」を押している。きょうの下り坂は明日の上り坂。

    式根島の北端を過ぎる。式根島の西側を見るのは初めてだ。表とはまったく別な裏の顔を持つ。式根島を過ぎたら3ノットに下がった。北に向かうと6ノット。

    祇苗島はすごい形相だった。神津島に付属する島で有名なのは西にある恩馳島だが、祇苗島も想像していた以上の姿だった。航法的にも北から三浦漁港にアプローチするときの起点となる重要なポイントだ。神津島を訪れる航海記録で語る人が少ないのが不思議だ。



    祇苗島は南北2つの島と周囲の岩礁で神津島の東を守る

    祇苗島南端を交わしてようやく岬に隠れていた三浦漁港とその右側に白くそびえる天上山の大崩落がみえてきた。

    三浦漁港の景観は舵社が出版していたハーバーガイドに示されていた図版と大分異なっていた。入港口にある岸壁は南側が陸につながって閉じている。東海汽船用の突提には作業船が係留していて状況が確認できない。でも、丸島の姿はよく見える。

    南端が閉じた外防波堤を越えると内側に広い静水面ができていた。奥は海水浴場になっているようだ。内防波堤と丸島周辺も海水浴場になって、人が遊泳しているのが見えた。丸島の左側に見える灯台をくぐって内港に入る。入って右にある岸壁に槍付けする。

    1400入港。きょうは、段取りよく槍付けができた。三浦漁港の岸壁は高くて難儀すると報告されているが、岸壁の壁面に係留用のリングが打ってあった。



    三浦漁港北側岸壁に「阿武隈」を係留する。背の高い岸壁だが壁面にリングが打ち込んであった

    岸壁に移ってもやいを固定していたら、海底に黒い岩のようなものが見えた。ゴロタ石と思ったら、モゾモゾ動き出した。エイだ。丸い絨毯のような大きなエイが泳いでいた。

    係留後、エンジンのビルジを排出し、エンジンをかける。入港作業から警告音が止まった。原因不明のまま。センサーの異常か。オーバーヒートで抱きつきを起こさないように、下限に近かったエンジンオイルを交換する。

    すべての作業を終えて上陸。三浦漁港を出る最終バスは1530で行ってしまった。客船待合室で自販機の冷えたジュースを飲み、海水浴客用の水シャワーで体を洗い、パックご飯とレトルト中華丼とミカン缶で神津島上陸を祝す。

    三浦漁港から見る天上山大崩落。係留している「阿武隈」と比較すれば、その雄大さが分かるだろうか。これを見るために「阿武隈」は神津島に来た

    夜になって天上山の向こう側で稲妻が光る。晴れているので花火かと思っていたら、冷たい北風が音をたてて突然吹き込んできた。雷雨になるのだろうか。明日の航路と出港作業のチェックリストをホワイトボードに転記して、2000にこれを書いている。

    できて送稿しようとしたら圏外で不可。三浦漁港の岸壁で使えたのはmovaだけだった。auとsoftbankはアウト。FOMAは持っていないので分からない。明日の出港は0530の予定。

    波浮に入港

    9月6日 くもり後晴れ 北東の風 風力1(阿武隈独自基準)

    0700、MMF出港。起きるのが遅れた。波浮だからと油断した。一応、風は北東だが弱い。メインセールだけをあげて機帆走で進む。雲の向こうから白い太陽が見える。海面はフラット。海流の影響はあまりなく、速度は平均して5ノット。視程はあまりなく大島は見えない。針路205度で、大島の東側を狙う。

    0930、大島視認。
    1150、風早埼正横。

    パックご飯と焼き肉缶詰で昼御飯。



    三崎-大島の海面はフラット


    さて、計画通り波浮に入るか若郷まで伸ばすか。大島の東岸を進みながら迷う。正午の時点で若郷まで25海里。5ノットでも5時間。4ノットなら6時間超え。きょうの日没は1801。朝の遅れが口惜しい。迷って迷って波浮に入る。

    建設中の東側外防波堤にある黄色灯標の見通し線を測る。竜王埼灯台との見通しが約335度。波浮港西側灯台との見通しが約235度。

    港の外でセールを下ろし、港内でアンカーともやいの準備をしようとしてエンジンの回転数を下げたら警告音が鳴り響いた。いかーん。しかし、いまは入港準備が優先だ。警報を鳴らしながら係留場所を探す。

     新しくできた岸壁は作業船が塞いでいて入れない。漁港北奥には実習船の大島丸がいる。漁港脇の岸壁に泊めようとしたら、奥に行くように指示された。大島丸の西側にスペースがわずかに空いているが、すでに一隻のパワーボートが槍付けで泊めている。さすが。「阿武隈」もアンカーの準備をしていたら、すぐ前を航行していたパワーボートが空きスペースのど真ん中に横付けした。ででぇー。

    「阿武隈」は、その東隣にアンカーを入れる。こうなったら、狭い泊地のど真ん中に横付けした家族連れのスキッパーに、颯爽と槍付けするところを見せつけてやるっ。しかし、アンカーケーブルをクリートに固定して船首からひらりと岸壁に移ろうとした瞬間、アンカーケーブルに引っ張られた阿武隈は岸壁から離れてしまった。か、か、かっこわるーい。

    その後、船の後ろと前とどたばたしたあげく、船体を思いっきり岸壁にぶつけて、とおりがかった高校生に「手づだいましょうか」と声をかけられるほどに、ぶざまな着岸だった。男子高校生、ありがとう。でも、脇でにやにやしながら見ているだけで、もやいをとろうともしない「あの」スキッパーの手前、意地でも一人でやりとげるぜっ(そんな大層なことじゃない。できて当たり前)。

    1400、どうにかこうにか着岸終了。件のパワーボートスキッパーとその家族は、目の前の岸壁でBBQを囲んでいた。いや、ぶざまな私が悪いんです。でも、船乗りなら、もやいぐらいとってくれてもいいんじゃないかと思うのですよ。

    セールをまとめ、デッキを片付けて、給油をして、エンジンを見る。冷却水は勢いよく出ている。回転数をあげると冷却水の勢いも増す、と、警告音が止まった。大丈夫だろうか。明日以降の航海計画を見直さなければならない。

    ほっとセンターで風呂に入り、鵜飼商店でコロッケを買い、パックご飯と買ったコロッケで夕御飯。

    明日の転針点と日の出日の入り、潮汐をホワイトボードに転記して2000、これを書いている。キャビンに汗で湿った衣服を干している。

    巡航は季節を問わず「湿気」に悩まされる

    巡航前夜

    9月5日 金曜 晴れ

    1730、MMF到着。ハーバーマスターに航海計画書と出港届けを提出する。書類上は航路と入港時間を決めているが、頭のなかでは迷いがある。一気に走って島で1日停滞するか、細かく刻んで連日航海するか。

    あせることなく。
    あわてることなく。
    十分な休養と睡眠がとれるように。
    そして、
    "航海"が堪能できるように。

    1800、上船。セールをセットする。持ち込んだ衣服と機材を船内に整理する。風弱く蒸し暑く蚊が多い。明日の転針点と潮汐、日の出日の入り、出港作業のチェックリストをホワイトボードに転記して、いまこれを書いている。

    宮川湾が虫の声で満ちる。どこかの船で酔った集団が大声で騒いでいる。

    2130、消灯。明日は0400起床予定。

    食糧の確認

    2008年1月3日に定数分の食糧をそろえておいたが、2度の巡航や船内泊、日帰りの昼ごはんなどで消費しているので、改めて、「阿武隈」に貯蔵されている食糧を確認する。

    米 18食分
    乾麺 4食分
    副食 27食分
    野菜汁 6本
    果物缶 4缶
    汁物 38食分

    そのほか、

    切り餅10個
    板チョコ2枚
    こんにゃくゼリー1袋
    クラッカー2包

    乗員1名で
    主食7日分
    W副食9日分
    野菜10日分

    1週間程度の無補給航海は可能。

    荒天食が不足しているので、
    出港前日に以下の食糧を補充すること。
    魚肉ソーセージ
    乾パン、もしくはクラッカー
    バナナ
    菓子パン

    サングラス&防水パック購入

    8月31日 日曜 晴れ

     前日の天気予報では、突発的な豪雨が予想されていた。日曜の朝は晴れていたが、そういう予報が出ているとモトラで出撃するのがおっくうになる。雨が降っているなかを走るのは慣れたが、最初晴れていて途中から雨になるというのが面倒だ。晴れて暑いなか、レインジャケットと長靴を履いて走るのはどうかと。この週末は自宅で過ごすことにした。

     午後、KAZIプラザで「長年の懸案」だったサングラスと携帯電話用のアクアパックを購入した。アクアパックはX02HTにちょうどいいサイズがあったが、材質のせいかぴったりと張り付いてしまい、入れたX02HTを取り出すことができない。

     購入するか迷っていたら、スタッフが在庫の旧タイプを倉庫から探してきてくれた。こちらの材質だと張り付かず出し入れに苦労しない。柔軟性もあってX02HTの小さなキーボードも問題なくタイプできる。

     こちらの要望に時間と手間をかけて応えてもらえたので、ライフジャケットを衝動買いしてしまうほどにうれしかった。

     KAZIプラザの行き帰りで電脳航海ソフト「Software On Board」(SOB)の使い方を調べる。個人が開発したシェアウェアに近い素性のソフトだが、その機能と使い勝手は価格が2倍のPECを大きく上回る。

     結局、日曜は雨が降らなかった。MICSで剣埼灯台のデータを見ると風も程よいようだった。この夏最高の帆走日和だったかもしない(と書いていた夕方から豪雨になった)。