阿武隈 twitter版

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    GGYCに行ったことがある

    1月11日 日曜 晴れ(米国ラスベガス)

     先週は週末まで米国にいた。海のないラスベガスで、いつものように調べものとリポートの繰り返しで、そこがラスベガスでもサンノゼでも台北でも幕張でも、あまり関係ないような日々を過ごしていた。宿舎から調べものをする会場までの移動はホテルの暗い裏口を結んで走るモノレールを使うので、「夜も明るいラスベガス」というのを最近まで知らないままだった。

     英語がほとんど話せないのに、海外に赴く機会が年に2〜3回ほどある。いつも、その土地のことを知らないまま日本に帰ってきてしまうのだが、まれに3〜4時間ほどの時間を見つけて、無計画に街をさ迷うことがある。

     こういう感じで一度だけサンフランシスコを歩いたことがあった。無計画にケーブルカーに乗り、なにも知らないままフィッシャーマンズワーフを西に抜け、ずんずん歩いていると、広いマリーナを見つけた。それもひとつだけでない。それぞれがフェンスやゲートで仕切られた複数のマリーナが連なっているエリアだった。そのときは夏至直前の6月で、サマータイムも始まっていたこともあって、夜の19時を回っているはずなのに、あたりは日中のように明るく、海ではアルカトラズ島をバックに数多くのセイリングクルーザーが帆走していた。





     さらにずんずん歩いていくと、静かな、といっても寂れているわけでなく、落ち着いた雰囲気のマリーナにたどり着いた。港の入り口辺りにあるクラブハウスらしき建物にマストがあって、そこに見覚えのあるバージが翻っていた。おお、あれはGolden Gate Yacht Clubのバージじゃないか。全然知らずに偶然たどり着いたこともあって、ちょっと感動してしまった。





     この時点で夜の21時を回ったところ。光の加減がようやく日没直前という感じになってきた。海に出ていた所属艇が次々と帰ってきたが、その多くはセイルを揚げたまま防波堤を越えて港に入ってくる。風は西よりでちょうど港の奥から吹いてくる。入港してきた船は港内のさほど広くない水路(YBMでいうとウエストのBバースとCバースを隔てる水路程度か)をタックタックで進んでいく。それも一隻でない。入港してくるほとんどのセーリングクルーザーが帆走で自分の係留場所まで船を進めていた。





     ごく少数の挑戦的なスキッパーがアグレッシブな帆走をしているのではなく、ほとんどのセイリングクルーザーがごく普通に水路を帆走しているのを、私は驚いて眺めていた。

     多くのセイリングクルーザーが列をなして入港していたとき、港内から一隻のパワーボートが出港してきたが、そのスキッパーは港内で帆走する船に文句をいうわけでもなく、帆走する船も自分の優先権を声高に主張することもない。セイリングクルーザーはパワーボートの航路を邪魔することなく、絶妙なタイミングとポイントでタックをこなしていく。

     その見事な帆走技術は特定の船だけのものではなく、入港する多くのセイリングクルーザーのスキッパーが同じような技術を有していた。自分の技能を超えた帆走に挑んで、係留している船にぶつけてしまう思い上がったスキッパーはひとりもいなかった。

     その後、サンフランシスコには久しく行っていないし、ほかに米国で行ったことのある都市はごくごく限られているけど、あれ以来、サンフランシスコは米国で一番好きな街になっている。



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